倫理基準と中国での臓器移植濫用
(2016年4月15日、アリゾナ大学医学部 生命倫理・医療人文学科での
プレゼンテーションを改訂した所見)
デービッド・マタス
中国での臓器移植濫用に該当する証拠をすべて確認し、情報に基づいた結論を導くことは、時間のかかる作業であり、この問題に関心を抱く者全てがこのような作業に携わることを期待することは現実的ではない。しかし、時間もなくこの問題の解決に傾倒しない者は、何もしなくてもよいというわけではない。
良心の囚人、主に法輪功の煉功に基づく精神修養を行う人々が臓器のために殺害されていることを、ここで私が示す義務はない。移植の臓器源を説明する必要はない。中国が法輪功から臓器を収奪している事実は明白だからだ。
臓器のために法輪功が殺害されているという、私や他の調査者が出した結論は、数字だけに基づくものではない。あらゆる証拠をすべて突き合わせ、数多くの追跡された証拠に基づいて導き出された結論である。
この結論が出された基盤の1つとして、法的にも倫理的にも、濫用の予防措置が中国にも国外にも存在しないという事実がある。中国は、臓器の販売、看守による囚人の非人間化が生み出す大量の臓器源から大金を儲けているが、この非倫理的な行動を予防する措置はない。これらの要素の組み合わせが、移植濫用の温床を生み出した。
臓器のために法輪功が殺害されていることを結論づけた2006年のデービッド・キルガーと私の報告書の発表以来、医療界では、国際的にも、また様々な国の中でも、国外で中国の移植濫用の共犯とならないように倫理基準が導入されてきた。これらの基準はアリゾナ州や他の地区でもより包括的に採択されるべきである。
ここでは法規でなく医療倫理基準のみを取り上げる。議会が倫理基準を法規化した国もある。法の制定は必要不可欠であるが、移植濫用の予防措置は立法者のみに任せてはおけない。倫理基準は医師の責務であり、法の有無に関わらず、これらの基準を採用し施行すべきである。
参照すべき国際基準として、下記の医療基準が挙げられる:
・国際移植学会の使命(Mission Statement)
・国際移植学会倫理委員会方針声明(Policy Statement)―中国臓器移植プログラム(2006年11月付け)
・臓器売買および移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言(2008年5月付け)
・世界保健機関(WHO)人の細胞・組織・臓器の移植に関する指針(2008年5月付け)
・世界医師会(WMA)臓器・組織提供に関する声明(2012年10月)
国家レベルで下記の基準が挙げられる:
・香港:香港で登録された医師のための行動規範の指導要綱、香港医務委員会(2000年11月改訂)
・台湾:国外での台湾人のための臓器移植手術の仲買業に関する医師・その他の医療スタッフのための倫理基準(2006年8月)
・オーストラリア:中国人の外科医に対する移植手術技術養成に関する主要移植病院の指針(クイーンズランド2006年12月;ニューサウスウェールズ2013年1月)
・カナダ:臓器売買と移植ツーリズムに関するカナダ移植学会、カナダ腎臓学会の指針声明(2010年10月)[1]
・マレーシア:商業ベースで渡航移植したマレーシア人に対する官営病院からの免疫抑制剤供給に関する方針(2011年10月)
上記より、35の倫理に関する理念を抜き出した。これらの指針は、地区、地域、国家、国際すべての医療機関が採用すべきだ。アリゾナの移植医にはこれらの倫理を採用し、国家レベル、国際レベルでも採用されるようにはたらきかけて欲しい。
政策・指針に関して
1. 国家、地域の医療機関や学会全てが、囚人からの臓器源の点も盛り込んだ、臨床移植手術に関する倫理指針を書面として発展させる必要がある(国際移植学会の指針)。アリゾナの医療局には現在このような指針は存在しないが、設けるべきである。
臓器源に関して
2. 囚人からの臓器または組織の摘出において、そのような摘出、共犯がなされるべきではない。(国際移植学会、世界医師会)
移植ツーリズムに関して
イスタンブール宣言には下記の定義がある:
「臓器売買」とは、移植臓器の摘出という詐取の目的で、生存者もしくは死者もしくはそれらの者の臓器を、威嚇または力の行使、他の形による強制、誘拐、詐欺、権力濫用、弱者の立場、潜在的なドナーの管理譲渡のための第三者による支払いや便宜の授受という手段を用いて、調達・移動・移譲・蔵匿・受領することである(6)。
「移植の商業化」とは、実利のための売買もしくは利用を含み、臓器が物品として扱われるという指針もしくは実践を意味する。
移植手術のための移動とは、臓器もしくはドナーもしくはレシピエントもしくは移植医が移植手術を目的として、司法管轄領域を超えて動くことを意味する。移植手術のための旅行は、臓器売買および/もしくは移植の商業化に関与する場合、もしくは資源(臓器、移植医、移植センター)が国外からの患者に移植を施すことに専心し、患者の国が自国民のために移植業務を行う能力を弱体化させる場合、「移植ツーリズム」となる。
3. 臓器売買および移植ツーリズムは、公平、公正、人間の尊厳の尊重という理念を侵害する。(イスタンブール宣言)
4. 医療スタッフが臓器移植のために患者と国外に行き、報酬を受け取ることを禁じる。(台湾)
照会に関して
5. 国外で臓器移植が行われる場合の照会に関して、ドナーの状態を確認することなく照会した場合、もしくは下記の理念に従わなかった場合は、非倫理的な行動をとったことになる。
a) 臓器移植において、個々のドナーの福利厚生が尊重され保護されること
b) ドナーが拘束なく自発的に合意していること
c) 拘束なく自発的なドナーの合意に対して正当な疑いがある場合、医師はその臓器提供を拒否すること(香港)
6. 医療スタッフは、金銭の受取の有無にかかわらず、仲介者もしくは臓器移植のブローカーに患者を紹介してはならない。(台湾)
7. 医療スタッフは、下記にあてはまる国に、金銭の受取の有無にかかわらず、患者を照会してはならない。
a) 臓器の売却を法的に禁じていない
b) 臓器源に関する情報が透明でない
c) 甚だしい人権侵害があり、法規が欠如している
d) 臓器移植で医療倫理を侵害していることが知られている(台湾)
広告および仲介業に関して
8. 移植の商業化、臓器売買、移植ツーリズムの目的で、広告(電子媒体および印刷媒体を含む)、勧誘、仲介をしてはならない。(イスタンブール)
9. 医療スタッフは、臓器移植を仲介するために、国外の臓器移植機関に連絡を入れてはならない。(台湾)
説明義務に関して
10. 臓器提供および臓器移植には、透明性と安全性をはかるため、各国の保健当局(訳注:厚労省に相当)による監視と説明義務が要される。(イスタンブール)
11. 透明性のある手続きと結果追跡のメカニズムを確立する。(イスタンブール)
12. 臓器提供と移植手術の手配と施行、臨床結果は、透明性があり、監査に開放的であることが要される。(WHO)
患者のカウンセリングに関して
13. 臓器疾患の末期にあり、移植手術を受ける可能性のある全ての患者は、移植ツーリズムと臓器売買に関して、その危険性と倫理的な懸念についての情報を受けるべきである。(カナダ)
14. 臓器移植手術の購入に関心のある患者は、ヘルスケアの専門家から移植前のカウンセリングを受け、手術前と手術後のレシピエントの医療・手術管理に関する正しい専門知識を得るべきである。(カナダ)
15. 国外で移植手術を購入する場合、死亡、臓器の機能不全、深刻な感染症のリスクが高いということを、患者に伝えるべきである。(カナダ)
16. 以下の理由から、国外で移植を受けた者は帰国後のケアは次善となる可能性を、患者に伝えるべきである。
a) ヘルスケアにあたる者は、商業化された移植に関する事前の通知や書類がほとんどない場合が多く、商業化された移植のレシピエントの術後のケアは、通常の場合に比べてより困難となる。
b) 手術の経過、術後の過程・合併症に関する書類なしでは、ヘルスケアにあたる者が最善のケアを提供するに必要な情報がなく、診断も遅れ、患者の安寧が危険にさらされる可能性がある。
c) ヘルスケアにあたる者は、移植を行ったセンターから信頼のおける臨床情報を得ることができない可能性がある。
d)得られた情報は信頼できず実証もできない。
e) ヘルスケアにあたる者は、移植ツーリズムに従事した個人もしくはセンターが出した書類の正確さを実証する能力がない。自国で不法な活動をしているそのような個人とは、医療専門家としての関係が築かれていない。
f) 商業化された移植の詳細に関する不確実性は、個人的な患者のケアを危険にさらす可能性がある。
g) 患者は安定期に入る前に移動する。
h) 手術直後のケアは複雑であり、移植を行ったチームの指導を受けることが最善である。(カナダ)
マレーシアのガザリ・アフマッド医師による『国家による臓器狩り』(State Organs)の寄稿「極東圏における臓器狩りの悪行」の中の記述をここで引用したい。
「2006年以降、中国で腎移植を受けマレーシアに戻る患者数は大幅に減少したが(表1を参照)、不幸なことに、これらの患者の管理は、より複雑で困難になった。その主な原因は、2006年以降、中国で移植手術を受けた患者の全てが、マレーシア側の医療関係者が最適な看護を引き継ぐために必要な書類を一切持っていなかったことだ。臓器密売組織の存在を曖昧にし、責任を逃れ、不法行為の跡を全く残さないようにするためだ。その結果、周術期管理および術後の試験結果、臨床状況の要約、誘発剤の種類と投薬量、移植臓器が達した最良時の血清機能の状態、その他多くの基本的な検査結果がなく、地元の臨床医たちは質の高い効果的な看護を患者に提供できない。これらの患者たちは、質の高い、安全な、新たな人生を踏み出すために、生涯苦労して貯めた貯金を手放したのだが、多くの患者が移植に絡む複雑で深刻な状況に陥ることとなった」
17. 移植ツーリズムを通して臓器を提供する者に危害が加えられるという知識を患者に明確に伝える必要がある。(カナダ)
18. 中国への移植ツーリズムに関しては、臓器は強制的に摘出され、個人が臓器のために殺害されている可能性を、患者に忠告する必要がある。(カナダ)
19. 移植ツーリズム産業が隠匿に依存していると患者に忠告する必要がある。このため、金銭的な利益を動機とする臓器ブローカーが提供するドナー情報が正確であるかを確認することは不可能である。(カナダ)
20. 医師は、該当する場合、移植ツーリズムで移植を受けた患者に術後のケアを提供することは本意でないことを、患者に忠告する必要がある。(カナダ)
保険に関して
21. 医療や手術費のための保険は、移植ツーリズムで得られた臓器の移植に関与する、司法管轄外の国での患者にまで適用されるべきではない。(カナダ)
22. 商業ベースの臓器移植のために渡航した国民は、官営病院から免疫抑制剤を無料で処方されるべきではない。(マレーシア)
23. ヘルスケアにあたる者は、該当する場合、移植ツーリズムで得られた臓器の移植に関与する、司法管轄外の国の患者にかかる医療費や手術費が、保険に適用しないことを伝えるべきである。(カナダ)
手術前のケアに関して
24. 患者にとって最善のことを行う医師の受託者としての責務には、購入する臓器の移植手術の準備に関する調査は含まれない。(カナダ)
25. 医師は購入された臓器の移植に使われる薬剤の処方もしくは薬剤入手を助けるべきではない。(カナダ)
26. 国際的な人権基準を侵害する制度下で行なわれる移植濫用を支援するために使われるという確信があり、患者もしくは臓器源に危害を加えるかなりの危険性がある場合、個々の医師は、患者の医療記録を提供しない選択をとることができる。(カナダ)
術後のケアに関して
27. 緊急でない場合、個々の医者は、国外の移植ツーリズムから戻ってきた患者のケアを別の医師にゆだねる選択をとる可能性もある。このような場合、提案されたケアにあたる者に患者が適切にアクセスできるよう医師はとりはからう。(カナダ)
調査と協力に関して
28. 倫理的な臨床医療を行う医師のみが専門医師会の会員になることが許される。(国際移植学会)
29. 異なる国々の移植医の協力は、弱者を保護するものであり、ドナーとレシピエントの間の公平を促進するものでなければならず、臓器移植のその他の基本理念を侵害するものであってはならない。(イスタンブール宣言)
30. 臨床研究の協力は、例えば臓器源や組織源を囚人とするような、倫理的な理念を侵害するものでない研究である場合のみ、考慮されるべきである。(国際移植学会)
31. 実験的な研究の協力は、研究で使われているマテリアルが囚人もしくは囚人からの臓器または組織を移植されたレシピエントから派生したものでない場合のみ、考慮されるべきである。(国際移植学会)
32. 患者の治療成果や療法・機械的方法を分析する、臨床の科学研究は、倫理的な理念のもとで行われた研究である場合のみ、受け入れが考慮されるべきである。(国際移植学会)
33. 囚人からの臓器や組織を移植されたレシピエントのデータやサンプルが関与する研究は受け容れられるべきではない。(国際移植学会)
34. 病院は移植手術の技術において中国の外科医を養成すべきではない。(オーストラリア、クイーンズランド)
35. 臨床もしくは臨床前に移植手術技術を養成する候補者が、国際移植学会の会員方針と倫理規範を受け容れない限り、そのような候補者を病院は受け入れるべきではない。(オーストラリア、ニューサウスウェールズ)
結論
中国国外の移植医が、中国で良心の囚人が臓器のために殺害されていることを停止できる能力は限られている。しかし、2つの実践的なステップをとることが可能だ。1つは中国での移植濫用の共犯には一切ならないこと。もう1つは移植濫用をする者に地位を与えることを避けることだ。
中国での移植手術を変える大きな原動力は、国際的に尊敬されたいという中国の欲望だ。移植濫用が中国で続いているにもかかわらず、中国の移植医にいかなる形態でも国際的な地位を与えてしまうと、濫用を停止させるための努力が弱体化してしまう。
上記の指針を採用し、実践することで、これらの2つの目的は果たされる。共犯になることも避けられる。また、中国の移植医が国際的な倫理基準に準じる前に、地位を与えたり尊重したりすることが避けられる。
原文:http://endorganpillaging.org/ethical-standards-and-chinese-organ-transplant-abuse/
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[1] Gill JS, Goldberg A, Prasad GV, et al. “Policy statement of Canadian Society of Transplantation and Canadian Society of Nephrology on organ trafficking and transplant tourism”. Transplantation 2010;90:817‑20.