
臓器取引 と 臓器摘出を目的とした人身取引
デービッド・マタス
「臓器取引」と「臓器摘出を目的とした人身取引」は同じだろうか?同じだと思うのは当然である。臓器は、人体の一部であり、人身取引は、その全てを取引しているのだから。この二つを区分することは人為的に思える。人身の一部を取引することは、人身を取引するものではないという概念は現実離れしている。
しかし、国際法にはこの区分がある。国際法は、臓器取引を扱う法律と臓器摘出を目的とした人身取引に分かれている。なぜこのような区分ができたのか?
日常の言語としては実に近似しているが、この二つの行動は言語生成上、概念的に区分されたと論じる者もいるかもしれない。しかし、国際法は、言語学者や哲学者、法学者が生み出したものではなく、複数の国家により編み出されたものだ。国際法は地政学の分野で施行されている。
国際法が、個人を制約する事例もあるが、一般には国家を制約するためのものだ。国際文書の草案を練るのはNGOかもしれないが、条約の交渉・締結・批准は国家の役割だ。国際慣習法の原則は、個人が考慮するものではない。国家が施行し、自己制約を考慮することが原則である。国際法は国家による原則の受け入れと、国家が自国に適用することを受け入れたメカニズムを通して整備されてきた。
一般に国家としての(国際法の)プレイヤーを見ると、人権尊重に取り組む政府が治める国家だけではなく、犯罪政府が治める国家も関わっている。自国民を大量虐殺し、腐敗し、免責を求め、犯罪を否定し隠蔽する全体主義国家も関わっている。この類の政権による国家は、国際法や自分たちに矛先の向かうメカニズムの整備を全く支援しない。
これらの犯罪政府に統治された国家は、国際機関の基準や国際機関から距離を置くことはない。それどころか、国際基準や国際機関を包容している。だまされやすい者や考えの甘い者をもてあそぶ偽善的な行為、悪行を覆い隠す「自分の国は尊重されるべきだ」とするオーラ、国際基準やメカニズムが自分たちに向けられないための取り組みによるものだ。さらには、犯罪政府に統治された国家が、自分たちへの批判を非合法化するために、人権を尊重する国家に対して人権の基準とメカニズムを要求することもある。
人権侵害政府に統治された国家は、国際基準やメカニズムが自分たちに向けられないようにするため、執行手続き、遵守状況の査定、個々の陳情のオプション、紛争解決メカニズムの適用から自らを除外する場合もある。また、言語上の屁理屈を用いて、訴えのある特定の人権侵害には一般的な基準が適用しないと主張する。
例えば、国連人権委員会には、人権を尊重する国家だけが参加しているわけではない。それどころか、最悪の人権侵害国家が、候補に挙がり、さらには実際のメンバーとなっている。
人権擁護に関する国際的な条約に関しても同じことが言える。人権擁護を尊重もしくは志す国家政府だけではなく、多くの人権侵害国家も条約に署名する。執行手続きや、個々の陳情のオプションは避け、紛争解決メカニズムからは除外されるよう申し立てる。
人権擁護が唱えられている現代において、中国は上述の全てにあてはまる。中国政府は1949年以来、中国共産党に統治されてきた。自国民に対する大規模な人権侵害を絶え間なく繰り返してきた罪のある党だ。残虐行為にもかかわらず、中国は多くの人権条約に署名・批准している。中国の刑務所や拘置所で組織的な拷問が日常 行われているにもかかわらず、中国は「拷問禁止条約」に署名し批准している。中国はウイグル人、チベット人、その他の少数民族を弾圧しているにもかかわらず「あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約」に署名し批准している。さらに中国は、国連人権理事会のメンバーである。
この講義では、特に『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約』(以下、『国際組織犯罪防止条約』)とその議定書の一つである『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する 人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書』(以下、『人身取引防止に関する議定書』)に焦点をあてる。中国は両者の締結国である。
同議定書の「人身取引」の定義 [第三条(a)] には
「搾取の目的で…他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し…」とある。
この「搾取」には、最低でも「臓器摘出」が含まれる。
中国政府は、主に法輪功学習者、ウイグル人、少数ではあるがチベット人と家庭教会の信徒(主に全能神)という無実の人々を、刑務所、拘置所、病院と連携して、臓器を目的として大量に殺害してきた。
法輪功の状況を説明しよう。法輪功とは中国の伝統的な修養法を現代に融合したもので、インドのヨガに相当する。1992年に李洪志氏の教えにより始まった。もともと中国政府に健康に良いと奨励され、1999年までには、実践者が7千万から1億人と推定されるまでに成長した。中国共産党はその人気と、党のイデオロギーより優越していることを恐れ、法規を用いずに抑圧に踏み込んだ。
弾圧運動は実に不可解な状況を生み出した。法輪功実践者は、健康的な動作をするだけで、政府や党に害を及ぼしているとは思わない。弾圧により法輪功実践者は、「法輪功は悪い」もしくは「法輪功は害を及ぼす」と中国共産党が誤った考えに導かれたことを示唆するように、「法輪功は良い」という横断幕を掲げるようになった。
この「法輪功は良い」という事実、少なくとも実践者にはそう思えることそのものが、迫害の強化につながったことを実践者は認識しなかった。中国共産党は、悪者からの支援を失うことは恐れる必要はない。しかし、善人の動きは、党の優越性への挑戦である。
このため 数百万人の抗議者が逮捕され、中国全域に設置されたその場しのぎの収容所に拘留された。法輪功を棄却する声明文に署名し、仲間を捨てて党を包容すれば、拷問から免れ釈放される。
この状況下でも数十万人が署名を拒否し、任意に拘束され強制労働に従事した。
拘束された学習者は、系統的・定期的に採血され臓器の状態を検査された。検査から得られた血液型・組織型の情報は、地元の移植病院や移植病棟に回された。
中国の病院は、バイタルオーガン(生死にかかわる心臓や肺などの臓器)の移植手術でさえ事前予約が可能であるとして、オンデマンドで臓器を提供するという広告を世界の移植患者に積極的に発信した。患者は紅包に現金を入れ、定められた金額を病院と医師に支払う。移植を受ける患者が現れたら、病院は患者の血液型と組織型を特定し、現地の収容所や刑務所の情報から、適合する拘束者を選定し、臓器を取り出すために白いライトバンを派遣する。
適合する臓器が特定された法輪功実践者は、収容施設内の部屋に連行され、筋肉弛緩剤と抗凝血剤を打たれ、動けなくなったところで、白いライトバンに入れられ臓器が摘出される。臓器摘出の過程で実践者は亡くなる。遺体は刑務所・拘置所内の火葬場で焼かれる。白のライトバンは、移植を受ける患者の待つ病院へ臓器を輸送する。
この過程は『国際組織犯罪防止条約』の『人身取引防止に関する議定書』の説明にあてはまる。任意に拘束された法輪功実践者を支配下に置く刑務所/拘留施設と、病院との間で、特定の搾取である臓器摘出を目的として、同意を得る目的で金銭若しくは利益の授受が交わされているのだ。
言語上、他に解釈できるものではない。しかし、政治的現実が存在する。中国政府は、自国が議定書に違反していることの発覚を望まない。国連の官僚も中国との衝突は望まない。このため議定書は適用されない。
議定書には執行のメカニズムが組み込まれているが、中国には適用しない。議定書の第十五条 第2項には、下記の規定がある。
「この議定書の解釈又は適用に関する締約国間の紛争で交渉によって合理的な期間内に解決することができないものは、いずれかの紛争当事国の要請により、仲裁に付される。仲裁の要請の日の後六箇月で仲裁の組織について紛争当事時国が合意に達しない場合には、いずれの紛争当事国も、国際司法裁判所規程に従って国際司法裁判所に紛争を付託することができる。」
しかし、中国政府は議定書へのコミットメントに関して、下記の通り留保を付している。
「中国政府は議定書の第十五条 第2項に規制されるものではない」1
『条約法に関するウィーン条約』(第十九条)では以下のように定められている。
「(留保の表明)
いずれの国も、次の場合を除くほか、条約への署名、条約の批准、受諾若しくは承認又は条約への加入に際し、留保を付することができる。
(a)条約が当該留保を付することを禁止している場合
(b)条約が、当該留保を含まない特定の留保のみを付することができる旨を定めている場合
(c)(a)及び(b)の場合以外の場合において、当該留保が条約の趣旨及び目的と両立しないものであるとき。」2
中国は『ウィーン条約の締結国』であり同条約の制約を受ける。しかし、中国が議定書に付した留保は認められないという論理は成り立たない。下記の通り、『人身取引防止に関する議定書』の第十五条 第3項があるためである。
「締結国は、この議定書の署名、批准、受諾若しくは承認又はこの議定書への加入の際に、2の規定に拘束されない旨を宣言することができる。他の締結国は、そのような留保を付した締約国との関係において2の規定に拘束されない。」
上記に引用した段落にあるように、この議定書は、中国がこのように留保を付することを明確に許しているため、「ウィーン条約により中国が議定書に留保を付すことは禁じられている」と論じることは不可能である。この議定書への中国の留保により、この議定書が意図したものとは全く異なる立場に中国が立つことが可能となり、中国は間違っていると言う権限を持つものが議定書の枠組みの中に存在しなくなった。
国連はこれにどう対処してきたのか?国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、「中国は国際組織犯罪防止条約に違反しているが我々にはなす術がない」と言う代わりに、「同条約は中国の行為には適用しない」とする。
2013年12月、私は、NGO「臓器の強制摘出に反対する医師団(DAFOH)」の代表団とともに、ジュネーブの国連人権委員会高等弁務事務所を訪ね、53の国と地域から150万近い署名を集めた請願書を提出した。請願書は、当時のNavi Pillay弁務官に下記の3要件を求めるものだった。
1)中国政府に対し、法輪功実践者からの強制臓器摘出を直ちに終了するよう要請する
2)人道に対するこの犯罪の加害者の起訴につながる調査を開始する
3)中国政府に対し、法輪功の残忍な迫害を直ちに終わらせるよう求める
そこで会った人権委員会の事務局の職員に、ウィーンの国連薬物犯罪事務所(UNODC)に行くことを示唆してもらい、2014年1月1日にUNODCの擁護部門、Mirella Dummar Frahi民事担当官に、2014年3月21日の会合を要請した。
1月30日にFrahi担当官から会合要請を確認するメールをもらった。
「3月21日(金)にUNODCでの会合の手配が可能であることを確認いたします。ご希望のお時間と同伴される方のお名前を教えてください。ご関心に感謝いたします。敬具」
1月31日にFrahi担当官に返答し、会合の参席者名と時間を示した。私の他に、スペインからDAFOHの国際弁護士1名、台湾の臓器移植を考える国際協会(TAICOT)から弁護士1名と(本日の補足会議のもう一人のパネリストであるアレックス医師を含む)医師3名が参席することになっていた。航空券の予約を済ませた、最初の確認メールから1ヶ月以上経った2014年3月4日、Frahi担当官から下記のメッセージを受け取った。
「2014年3月21日の会合の要請に関しまして、3月13日〜21日に麻薬に関する委員会の主要な会合があり、ご都合のよい時間にお会いすることが難しい状況です。この問題に関しては、委員会の会合の後に、ご連絡させていただくことを提案します。」
Frahi担当官に電話を入れ、3月12日にフォローアップのメールを入れた。
「私どもの一行はウィーンに3月20日(木)から21日(金)にかけて滞在します。ご通知いただければすぐにお会いできます。」
3月13日、アジアから参席予定の一人からのメッセージを担当官に転送した。
「アジアからの代表団は航空券とウィーンでの宿泊場所をすでに予約しています。会合を寸前に取り消されることは不適切です」
一連のメールに対して、3月14日、Frahi担当官の上司から無記名の返答があった。
「誠に遺憾ながら、Dummar Frahiが申し上げましたように、彼女には、貴殿とアジアからの代表団にお会いする時間がありません」
航空券も購入済みであり、皆、ウィーンに到着した。3月21日、台湾のTAICOT代表団がUNODCの事務所に行き、該当する担当官にその場で会おうと試みた。この行動への応答として、当日、ウィーンのUNODC組織犯罪・不正取引対策部、人身売買・移民の密入国課のIlias Chatzis課長から、メールにて返答を得た。
「メッセージを受け取りました。私どもの仕事にご関心を寄せていただき感謝いたします。本日、私に会おうとされていたと伺いました。…貴殿が言及される臓器収奪やメールに書かれていたその他の問題を私の課では扱っておりませんので、お会いしても会議は生産的ではなかったと思われます。私の課は、人身売買と移民の密入国に関するUNTOCの議定書を扱うものです。現段階ではこれ以上お役に立つことができないことを遺憾に存じます」
単純明快な回答のようだが、一応、責任者から明確な回答を得たほうがいいと思った。
そこで、7月30日にウィーンのUNODCのYury Fedotov常任理事に連絡し、下記の通り説明を求めた。
「ウィーンのUNODC組織犯罪・不正取引対策部、人身売買・移民の密入国課のIlias Chatzis課長と、台湾 臓器移植を考える国際協会(TAICOT)の国際渉外担当のDr. Alex Chih‑Yu Chenの間で交わされた添付のEメールを読み、国連 薬物犯罪事務所(UNODC)からご説明いただけますよう要請いたします。
UNODCの立場をお聞かせください。
a) 移植ツーリズムと売却のために本人の合意なく臓器を摘出することは、以下のどちらにあてはまるか?
i)『国連 国際組織犯罪防止条約』の『人身取引に関する議定書』の適用範囲である
ii) 同議定書の適用外である
b) UNODCは、これらの問題に対する見解は持たない」
2014年8月8日、UNODC条約問題担当部、組織犯罪・不正取引課の責任者Fedotov氏の代理として、Tofik Murshudlu 氏から返答があったが、議定書からのかなりの引用で、それ以上の内容はなかった。多くの言葉はあったが、何も語られていなかった。
そのため、UNODC組織犯罪・不正取引対策部 人身売買課の課長の返答のみが回答である。つまり、移植ツーリズムと売買を目的として本人の合意なく臓器を摘出する問題は、議定書にも事務所の仕事にも「含まれない」。しかし事務局の他の部門では逆のことを言っている。
2021年3月7日まで、UNODCのウェブサイトでは、臓器取引と臓器摘出を目的とした人身取引は、同じ意味であった。UNODCのウェブサイトに行くと、最初のページにTopicsのリストがある3。Topicsからドロップダウン・メニューでorganized crime4をクリックし、さらにEmerging Crimesを選び “read more”をクリックするとページの下に “organ trafficking”5という言葉が出てくる。 (訳注:read moreは現在のサイトには存在しない)
このリンクをクリックすると、何も出てこない。”Organ trafficking – United Nations Office on Drugs and Crimes” とグーグル検索すると???404???と表示される。404は「ページが見当たらない」ことを意味するコード番号だ。
2021年3月10日、第14回 国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)でこの原稿を発表する(カナダ時間の)当日、同じマテリアルをグーグル検索すると、3月7日に掲載されていたページのスナップショットとしてキャッシュページが出てきた。このスナップショットはグーグルキャッシュとして現在見ることはできないが、2020年12月16日に閲覧した際のアーカイブは残されている6。
このページは「臓器取引」(Organ Trafficking)というタイトルだ。このページでは、下記の通りに「臓器摘出を目的とする人身取引」と「臓器取引」を同じ意味で使用している。
「…臓器への需要が供給を上回り、違法入手による臓器の闇市場を生み出した。
レシピエントとドナーにとって切実な状況は、国際的な臓器取引のシンジケートが搾取できる道を生み出した。取引業者は自分や家族の経済的状況を改善させることに切実なドナーを搾取する。同時に、病状の改善または生命の延長のために他に術のない切実なレシピエントを搾取する…この人身取引の形態で際立った要素は、犯人の素性である。人身売買の犯罪行為に従事してきた者もいるが、臓器摘出を目的とした人身の取引に関わっていない時は合法的な活動をしている、医師・看護師・救急車の運転手・ヘルスケアの専門家である可能性もある。
…『人身取引を防止する議定書』は、『国連 国際組織犯罪防止条約』を補足するものであり、臓器摘出を目的とした人身取引を対象としている。臓器摘出を目的とした人身取引は、2011年10月10日〜12日にかけて開催された第4回 組織犯罪防止大会で参加国会議により設置された「人身取引に関する作業グループ」の議題であった。臓器摘出を目的とした人身取引を撲滅するにあたり、「作業グループ」は、同条約と人身取引の議定書をより効果的に利用することを勧告している。
「作業グループ」は、同条約の締結国がUNODCを含む国連の該当する機関に対して、臓器摘出を目的とした人身取引に関して、原因、傾向、手口などの証拠に基づくデータを収集することを奨励するように勧告している。その際、臓器とヒトの組織・細胞との違いを認識しながら、この現象をより深く理解し、認識を高めることを目的とすべきである。
「作業グループ」は、同時に、UNODCが臓器摘出を目的とする人身取引に対して、研修モジュールを発展させ、特に調査・情報交換・国際的な法的協力に関して、技術的な支援をするよう要請している」
2020年10月12日~16日に開催された第10回『国連国際組織犯罪防止条約』締約国会議に向けての事務局からの紹介文も同様の内容である7。10月14日に行われた議題3「国境を超えた組織犯罪の新たな形態や側面を含む、同条約で定義されたその他の重大な犯罪」の紹介では、下記が言及されている。
「重大な犯罪は、組織犯罪条約の第二項(b)に定義付けられている…これらの犯罪は同大会で認識されている」
この下に犯罪の一覧があり、「臓器取引」organ traffickingも含まれている8。
臓器取引は『組織犯罪防止条約』の範疇なのだろうか?そうでなければ『人身取引の議定書』の範疇なのだろうか?組織犯罪は国家による活動ではないと思われるかもしれないが、「中国・民衆法廷」の裁定では、中国共産党政権下の中国は犯罪国家であると結論を下している。
中国政府は、当然のことながら、国際的な制度にこの問題を判定させない。同条約の第35項目(2)は以下のように規定している。
「この条約の解釈又は適用に関する締約国間の紛争で交渉によって合理的な期間内に解決することができないものは、いずれかの紛争当時国の要請により、仲裁に付される。仲裁の要請の日の後六箇月で仲裁の組織について紛争当時国が合意に達しない場合には、いずれの紛争当時国も、国際司法裁判所規程に従って国際司法裁判所に紛争を付託することができる。」
中国政府はここでも、下記の通り同条約に留保を付している。
「中国政府は本条約の第35項 第2段落に関して留保するもので、第35項 第2段落に規制されるものではない」
UNODCは、「臓器売買は、臓器摘出を目的とした人身売買と同じである」という言明に反して、逆効果をもたらす言明を出している。上述の中国を特定した規定に加え、UNODC発行の『人身取引に関するグローバル報告書2012年』には、下記の記述がある。
「臓器取引は人身取引とは分類されない。人身取引と見なされる行為は、生きている人間が、強制もしくは欺瞞により、臓器摘出という搾取目的で採用される必要がある。合法的な臓器提供と臓器摘出を目的とした人身取引の間には、かなりの幅であいまいな部分が存在する9」。
UNODCは、2015年に作成された『査定ツールキット』の中で、「臓器摘出を目的とした人身取引には、臓器における取引もしくは臓器取引を含むものではない」と記述している10。
UNODCの立場は、臓器取引と臓器摘出を目的とした人身取引は同一であるかもしれず、ないかもしれない、というものだ。しかし、中国の話になると状況は全く変わる。中国のことになると、「臓器取引」は「臓器摘出を目的とした人身取引」には含まれない。さらに、該当する紛争解決メカニズムが中国には適用しないため、どの解釈が正しいかを決定するメカニズムは存在しない。
むろん、これは、納得のいく状態ではない。ではどうすれば良いのか?国連自体が、国連事務局を通じて解決策を提案している。2009年、欧州評議会との共同文書で、臓器取引と臓器摘出を目的とした人身取引は「一般の討議や法曹界・科学の学術界で、しばしば混同しており、混乱を招いている…」11
2009年の研究では、臓器における取引について、法的制約力のある国際文書で定めた国際的に合意された定義を採用する必要があると結論づけている12。2015年、欧州評議会による『ヒトの臓器売買禁止条約』ではこのような定義が採用された。
同条約の序段落には以下のように記述されている。
「臓器摘出を目的とした人身取引の分野において、既存の国際的な法律文書を補完する新たな犯罪を導入することにより、人身取引の根絶に大きく貢献することを決然と示す」
欧州評議会の条約では、中国には特に言及していない。しかし、このことで同条約が中国での臓器移植濫用に適用されないわけではない。中国への渡航移植の問題は、中国内部の者の問題だけではなく、中国に渡航する外部の者の問題でもある。中国への渡航移植者という外部の者の問題は、欧州評議会の条約に焦点を絞ることで、中国政府が介入することなく直接取り組めるはずだ。
国連の『人身取引を防止・抑止・処罰するための議定書』の締結国は178か国だが、欧州評議会の条約には、11か国が批准し、15か国が署名したが批准していないという対照的な状況である。
欧州の条約への署名は、欧州評議会の加盟国に限らない。コスタリカは署名したが批准していない。オブザーバー国も自らの意思で署名できる。非オブザーバー国は、欧州評議会の閣僚委員会からの招待が必要だが、言うまでもなく、これは要求できる。コスタリカに加え、カナダ、米国、メキシコ、法王聖座(ローマ教皇およびローマ教皇庁)が、欧州評議会のオブザーバー国である。
臓器取引と臓器摘出を目的とした人身取引との間の混乱は、国際的な舞台に限らない。国内レベルでも混乱が生じている。『国連国際組織犯罪防止条約』の『人身取引を防止・抑止・処罰するための議定書』の締結国の多くは、「臓器摘出を目的とした人身取引」において国外での加担者を罰する法律を設けている。「臓器取引」の国外での加担者を罰する法律の制定を求めると、「臓器摘出を目的とした人身取引を取り締まる法律」を指摘して、すでに法律はあると言われる。
このため、「臓器取引」を取り締まる域外立法を制定する国は一握りに過ぎない。その結果、最も普及した臓器移植濫用の形態を、確実に取り締まる法を導入した国は実にわずかである。
中国で良心の囚人を臓器のために大量に殺害することはどのような背景から起こっているのだろうか?「大金を儲けられる」ことと「中国国内にも国外にも取り締まる法律がない」ことが理由だと2006年、私とデービッド・キルガーは結論を下した。今日、状況は変わったと言っても、わずかに過ぎない。2007年、中国共産党の指導の下で、様々な機関が臓器移植濫用を取り締まる法律を制定したが、言うまでもなく、党にも党の支配下にある国家機関にも法は適用されない。さらには、1979年から1984年にかけての中国の法規では、明確に臓器移植濫用、つまり、本人もしくは家族の合意なく囚人から臓器を摘出することを許可しており、中国の法令集に掲載されている。現在は、国外での臓器取引を取り締まる法規を導入した国もいくつかあるが、ほんのわずかに過ぎない。
国外の法律は、中国国内での人権侵害をやめさせることはできない。中国人のみがこれを変えることができる。しかし、中国国外での法律は、中国での人権侵害への加担を停止できる。今日、中国で臓器のために囚人を殺害することを国外で加担することは、いまだに合法である。UNODCはこれに対して何もしたことはなく、今後も何もしないだろう。
この京都コングレスでは、『人身取引を防止・抑止・処罰するための議定書』とUNODCがしてきたこと、今後することに注意を払うだけでなく、この議定書とUNODCがしてこなかったこと、今後もしないことに注意を払うべきだ。 国際的な臓器取引と移植ツーリズムの根絶に関心があり、UNODCに来た者は、間違った場所に来ている。真剣に臓器取引を撲滅しようと考えているのなら、別の場所に行くべきである。
脚注
- https://treaties.un.org/pages/ViewDetails.aspx?src=TREATY&mtdsg_no=XVIII‑12‑a&chapter=18&clang=_en
- Article 19
3. https://www.unodc.org/unodc/en/index.html
4. https://www.unodc.org/unodc/en/organizedcrime/intro.html
5. https://www.unodc.org/unodc/en/organizedcrime/intro/emergingcrimes.html
6. http://web.archive.org/web/20201216193337/https://www.unodc.org/unodc/en/organized-crime/intro/emerging-crimes/organ-trafficking.html
7. https://www.unodc.org/unodc/en/treaties/CTOC/CTOCCOPsession10.html
8. https://www.unodc.org/documents/treaties/UNTOC/COP/SESSION_10/Website/STATEMENTS_Secretariat/Agenda_item_3__Introduction_Statement_Secretariat.pdf
9. At page 43 http://www.unodc.org/documents/dataandanalysis/glotip/Trafficking_in_Persons_2012_web.pdf
10. Section 2.4 https://www.unodc.org/documents/human-trafficking/2015/UNODC_Assessment_Toolkit_TIP_for_the_Purpose_of_Organ_Removal.pdf
11. Page 93, https://rm.coe.int/16805ad1bb
12. Page 96
David Matasは、カナダ、マニトバ州、ウイニペグを拠点とする国際人権弁護士。
英語原文
https://endtransplantabuse.org/organ-trafficking-and-trafficking-in-persons-for-organ-removal/
補足会議の映像